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新潟県在住のまちづくりコーディネーター・清水義晴氏は、ここ数年、月一日の休みも思うように取れない多忙な日々を送っている。仕事の依頼は新潟県近郊にとどまらない。最近では、沖縄、鹿児島、北海道などを訪れない月は滅多にないと言ってもよいほどだ。降り立った空港から車でさらに数時間、といった田舎に招かれることもしばしばである。清水さんは、自分を必要として声をかけてくれたところなら喜んでどこへでも出かけていく。そして、まちづくりワークショップを開催する。「ワークショップ? 何だいそれ」と訊いてくる高齢者を相手にセミナーを進めることも別段めずらしいことではない。過疎地では、40代は「若手」だ。
ワークショップでは、じつにさまざまな問題が参加者から提起される。教育、商売、環境、福祉、まちおこしなどはどこの地域でも話題となる全国共通のテーマだ。
清水さんは、一人ひとりに気を配りながらも、各々の悩みや困りごとに性急に手を差しのべたり、何か解答めいたことをほのめかしたりはしない。ワークショップのおもしろさは、あるテーマを参加者で共有し、ともに考えることにあるからだ。それは、たくさんの人で意見を述べあい考えたほうが、より良い結論や方法が見つかるから、というだけの理由によるのではない。名案など何も出ないときもある。しかし、さして注意をひかれないラベル(参加者は自分の意見をラベルに記入し、それらは一枚残らずホワイトボードに貼られていく)も、ついさっきまでの自分と同じようにウンウン唸りながら考えた結果なのだなと気づいたとき、他人を尊重するというごく当たり前のことを、参加者は再認識することになる。そのような発見や気づきの手助けをするのが、ワークショップのファシリテーター(引き出す人)の役割である。
「日本各地で日々地道な活動を行なっている数多くの、そして無名のまちづくりの担い手たちがこの国を変えるでしょう。というより、すでに日本は変わっているのです」
インタビューのあいだ、清水さんは何度かこの言葉を口にした。清水さんが深く関わったまちづくりを紹介する本を、太郎次郎社から出版するために、氏と私は現在準備をすすめている。すでに数度の打ち合わせを長時間にわたって行なったが、そのとき清水さんは次のようなことも語った。
「かつて私は、中小企業の活力とそこで働く人たちの創造性がこの国を変えると考えていました。しかしある時期から、まちづくりこそが日本を変えるだろう、と思うようになったのです」。私はこの言葉を、組織に依存することなく自らの意志で行動する自立した個人が、これからの社会を動かしていくという意味だと理解している。そして中央に依存しない地域社会を、自分たちの手で作り上げていこうと考える人は、私のまわりでも確実に増え続けている。長靴履きでまちづくりのミーティングに参加するような人たち(私もその一人だが)が、この国を「市民社会」へと着実に変えつつある。
中央からは「変わりなさい」と大上段に振りかぶった号令が、半ば脅しのようにマス・メディアを通じて毎日送られてくる。しかしこの国の変革はすでに、弱いところ、小さいところ、遠くに位置するところから確実に始まっているのだ。清水さんと私は、現在準備中の本でこのことを伝えたいと思っている。地方発のこの変革は「痛み」を押しつけたりはしない。
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