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野生動物をペットにするということ
・・・・・May5


『オランウータンに森を返す日』
川端裕人 写真・文、
2000年、旺文社

[内容紹介]
 1999年5月。大阪で4頭のオランウータンが保護された。なぜ、彼らが日本にいるのか。彼らの来たカリマンタン島では何が起こっているのか。
ペットショップで野生動物が売られているという現実から何が見えるのか。
 著者の旅がはじまった。

 

野生動物をペットにするということ (なすだ)

 ぼくがこれまでいっしょに暮らしたことのある動物は、ヒト、ウサギ、イヌ、ハムスター、カメ。ほかにカエルやザリガニ、魚・虫のたぐいが少々。ごく一般的な種類だ。もうちょっとなじみのない動物とお近づきになりたいという気持ちもあって、それは年々高まっていたのだけれど、この本に出会ったときにしおれてしまった。

 日本には年間5000頭以上の霊長類が輸入されている。そのほとんどが野生から連れてこられたものだ。でも、野生のサルを家庭で飼うのはむずかしい。飼い主はもちろん、獣医さんだってサルの飼い方をちゃんと知ってる人なんてほとんどいない。
「本気でサルを飼うためには、さまざまなことをしなければならない。できるだけたくさんの種類の果実や野菜を与え、日光浴をさせ、それができないときには紫外線ライトを使い、気温と湿度にも気をつけ、一緒に遊んであげる時間をじゅうぶんにとって、人を噛まないように『しつけ』もしなければならない」
 たいていの人は、そんなことはできないからサルを死なせてしまったり、せまいところに閉じこめて放置するようになってしまったりする。でも、それだけが問題なんじゃない。

 オランウータンのふるさとであるインドネシア・カリマンタンの森は、木材伐採のために切り倒され、油椰子を栽培するために焼き払われている。彼らは住み処を追い出されて捕らわれてきた。それら含めて、日本に住むぼくたちの暮らしが彼らのおかれた状況に深くかかわっている。
 大阪で保護された4頭は、インドネシアに戻り、彼らを森に返すためのリハビリ施設にいる。けれど、「彼らに森を返す」ことはかんたんにはできない。

 ところで、ぼくが長年いっしょに暮らしたいと願っていた動物は、カラスだ。あの日本中どこででも見る、大きくて喧しくて賢い鳥。あの鳥のなかの一羽と関係を築きたいとおもっていた。
 カラスを飼うぶんには、ほかの野生動物のような問題はない。首都圏のカラスは人間の暮らしにひっついて生きているんだし、東京都知事なんか彼らを撲滅しようと躍起になっているくらいだ。ぼくが一羽、手元に置くことに問題があるとは考えられない。場所の手当てさえつけば、すぐにでもどこかから連れてこようと。

 その「連れてこよう」が大問題なのだ。
 イヌやネコのような何千年も人間と一緒に暮らしてきた歴史のある種は、品種の血統を保つ必要もあって、専門の繁殖業者がいる。しかし、ペットショップにいる多くの動物が、繁殖がむずかしくてコストがかかるという理由から、野生から連れてこられている。
 オランウータンの赤ちゃんを捕まえるときは、まず母親を銃で撃ち殺す。そして木から落ちてきたところを母親の死体からひきはがす。落ちてきたときに赤ちゃんも死んでしまうことがあるし、輸送中に死んでしまうこともある。だから、密輸されたオランウータンが1頭いたら、その陰には最大19頭もの殺されたオランウータンがいると考えられるという。

 カラスの場合を考えてみても、鳥のヒナの飼育はたいへんだし、カラスは貴重な生物じゃないから乱暴に扱われるだろう。ペットショップで売られている1羽のヒナの陰に、何羽の殺されたカラス、孵らなかったタマゴ、死んでしまったヒナがいるのだろう。
 そんな殺戮のうえになりたっている「ペット流通」に加担したら、ぼくは石原知事といっしょに「カラス殺し」の仲間入りだ。
 この本にはたくさんの写真が載っているけれど、そのなかでも衝撃的な写真に、こんなものがある。
「オリにはいったサル、そのオリには札が付いている。『SALE リスザル \210,000』」

 これ自体、動物はめずらしいものの、ペットショップでよく見られる光景だ。そして見た人は考える。「21万円か。高いけど、こんなかわいいサルがいたら、毎日の生活がどんなにたのしいだろう」
 ぼくも、カラスのヒナが売られているのを見たら、そんな想像をしただろう。この写真が衝撃的になるためには、著者の足場を借りて、想像を別の方向にはたらかせなければならない。「ふるさとの森にいたなら、森の生態系の構成員として、お金でははかれないような『価値』を持っているはずの彼らが、ここではお金と引き替えることができる商品となっている」。
 購入するというのは、そういうことだ。オランウータンの赤ちゃんをペットショップで買うというのは、「このお金をあげるから、母親を撃ち殺して赤ちゃんをひきはがしてここに連れてきて」と依頼するというのと同じことだ。

 周りにヒトしかいない生活は貧しい。暮らしのなかにいろんな動物がいてほしい。でも、その欲望を「売られている動物」を手に入れてくることで、なにが起こるのか。その想像力を呼び起こしてくれた本だ。
 しかし、そうして起こった想像は、とても危険な種類のものだ。この種の想像をしてしまったら最後、スーパーで売っている「バージンパルプ100% 12ロール298円」のトイレットペーパーだって軽々しく購入できなくなるし、電気のスイッチも入れられなくなる。中高生くらいでこの発想にはまると、自分をふくむ人間社会の存在自体がマイナスそのものにおもえてくる。かといって、自分の生活の背面にあるものを考えずにいれば、どこかで足元をすくわれることになる。こういった現実をつきつけるのは、カルト集団の定番の手段でもある。
 この本が、ハードな内容にもかかわらず、小学中学年ぐらいから読めるような本づくりになっているのは、生に対する肯定感の強い子どものうちに、この社会に生きていることがもたらす困惑と出会い、その困惑を抱きながら育ってほしいという願いからだろう。
 子どもがこの本によって困惑と出会うことに、大人はどのように手助けができるのだろうか。

この話題に参加する      


『デルトラ・クエスト』
エミリー・ロッダ・作
岡田好恵・訳
2002年、岩崎書店

表紙だけで本を決めようとしてない?

 デルトラ王国には七つの宝石を備えたベルトがありました。このベルトには魔法の力があり、デルトラ王国を守っていました。しかし、影の大王にこのベルトの宝石は奪われ、からのベルトとなっていました。そして、国は荒れ果ててしまったのです。

 デルトラ王国を救おうと、かつて王に仕えていたジャードの息子リーフと、ジャードの友、バルダが宝石も求めて旅を始めます。ジャード自身は、足をいためていて一緒に行くことができなかったのです。

 リーフとバルダは、旅の途中で不思議な力を持つ少女ジャスミンと出会います。そして共に宝石を探す旅を続けることにします。七つの宝石は、影の大王によって沈黙の森や、嘆きの湖など別の場所に隠されているのですが、その場所をさがすのさえ大変なことです。さらに、それぞれの場所でも、影の王国の力が大きく支配していて簡単には取り戻せそうにはないのでした。

(コリーナ)

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『ねずみのとうさんアナトール』
イヴ・タイタス文、
ポール・ガルドン絵、
晴海耕平・訳
1995年、童話館出版

「好きなこと」を仕事にしていいの?

 ねずみのとうさんアナトールは、愛する妻や家族と暮らすフランス一幸せなねずみ。ところが、ある日、いつものように人間の家にしのびこんで残りものを探していると、思いがけず、人間がねずみの悪口を言っているのを聞いてしまいます。「台所にしのびこんで生ゴミの缶はかき回すし、テーブルに上がって何でも持って行くし……。」
 ショックを受けたアナトールは家に帰って考えこみます。「何か人間にお返しができるといいんだけど」そう慰める妻のことばに、一瞬にして踊り始めるアナトール。すばらしいアイデアがうかんだのです。

(たまちゃん)

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