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クラスのカイコ飼育の救世主
・・・・・November 11
 

  

『カイコの絵本』
(そだててあそぼう19)
きうちまこと・編、
もとくにこ・絵
1999年・農文協

[内容紹介]
 カイコは、昆虫なので扱いやすく、はじめの一歩としては、現代っ子にとってもあまり抵抗がない家畜です。卵から成虫までの育て方をていねいに手ほどきしてくれるだけでなく、最後に人間が食べたり、利用したりする方法まできちんと教えてくれています。「育てて食べる」という、残酷だけれどものっぴきならない人間の生の営みをごく当然のこととして取り上げています。そういう意味では、ただかわいがって育てるペットの飼育の本とは主旨が異なります。科学的好奇心をそそる面白い実験が紹介されていたり、カイコをめぐっての日本人の歴史や経済、文化も見えてきて、まさに総合的学習に最適な一冊です。
 

 

   

クラスのカイコの救世主 (たまちゃん)

 その年、私は4年生の子どもたちといっしょに、カイコを育てることになりました。4月に養蚕試験場から卵を分けてもらい、学校で孵化させ、クラスの一人一人が自分の箱にけご(孵化したばかりの幼虫)を入れ、飼育を始めました。
 実際に卵が届くと、ほとんどの子はうきうきと卵がかえるのを心待ちにしていましたが、数人の虫嫌いの子達はとても不安そうに卵をのぞきこんでいます。例えば、朋子ちゃんは
「わたしはたまごを見たしゅんかん、(うわ、何、このブツブツした気持ち悪いの。ウェー。)外見はきょうみぶかそうに見ていたけど、心の中でははきそうになっていた。」
「とうとうけごが配られた。黒いごまつぶが細長くなって動いているみたい。もらったしゅんかん(世話している時につぶれないかな)などと思ったが、(最初っから、不安なことばかり考えていたらその通りになっちゃう)と思いなおした。」
と日記に書いています。とりあえず、まわりの子たちの盛り上がっている様子に合わせてはいるけれど、実はすでに拒絶反応や不安を隠しきれない子が、この子の他にも何人か見受けられ、私としてはちょっぴり心配なスタートでした。

 とはいうものの、まもなく、毎朝、カイコを家から学校に連れてきて、学校が終わると家につれて帰る生活が始まりました。子どもたちは日に何度も桑の葉を探しては食べさせ、箱の中をきれいにそうじし、温度調節に気をつかい、カイコの一挙手一投足をじっと見守り、片時もカイコのそばを離れられない生活となりました。そんな飼育の日々の中で、子どもたちのまなざしはみるみる変わってきたのです。先の朋子ちゃんのの日記は……
「幼虫は白いいも虫みたいになった。プニュプニュしていて、葉っぱから放そうとすると口に葉っぱがくっついてはなれない。しかし、けごの時とくらべたら、すごくかわいくなっていた。手に乗せると『お母さん、ご飯ちょうだい、ねー。』と言ってるみたいだ。カイコはおばあちゃんにもかわいがってもらっていた。芸までしこまれた。芸とは、葉っぱをたてにして口のところに持って行くと、前足ではさんで口ですごい勢いで食べるのだ。」
「昨日、遠くに出かけて帰ってきたら、カイコはわたしの顔を見るなり顔を上げて『お母ちゃーん、さみしかったし、おなかすいたよー。」と言ってるみたいなので、いっぱい葉っぱをあげた。カイコはいつもの二倍の速さで食べた。それがかわいく見えた。(かわいいなぁー)」
 朋子ちゃんのようにいやいや育て始めた子ですら、数週間のうちにすっかりカイコのお母さんやお父さんのような気持ちになっていったのです。 

 そんなある日、危機は突然訪れました。帰り際、祥子ちゃんのカイコが急にのたうちまわり、もだえ苦しみ始めたのです。まるで見えない糸で悪魔に踊らされているかのように。突然のカイコの変化に祥子ちゃんは驚き、ワーッと泣き叫び、うずくまったまましゃくりあげています。何ごとかと集まってきた友達が5、6人、カイコのうめき苦しむ様相にびっくり。私も子どもたちといっしょにおろおろするばかりです。
 と、その時、ある男の子が「そうだ、『カイコの絵本』あれをみればわかるかもしれない!」と叫んだのです。ところが、さっきまでその本が立てかけてあった棚にはもう見当たりません。「まゆみが借りてってたぞ!」「まゆみは?」「もうとっくに帰っちゃった。」「じゃ、追いかけてくる。」そういう会話が瞬時のうちになされたかと思うと、男の子達が3人もうランドセルを放り出し、ずいぶん前に校門を出ていったまゆみちゃんを猛ダッシュで追いかけ始めました。教室では朋子ちゃん達数人が祥子ちゃんのまわりに集まり、なにか言葉をかけたいけれどかけられずにしゃがんでいました。

 しばらくして、男の子達は『カイコの絵本』を高く掲げて息せききって戻ってきました。その後からクラスの子どもたちが十数人、ハアハア言いながら階段を駆け登ってきます。子どもたちはすばやい手つきで本の頁をめくり、パタッと手を止めました。そこには「カイコが急に体をくねらせたり、胃液や桑の葉をはきもどしたりして、死んでしまうことがある。これはたいてい農薬のせいだ。」と書いてあります。「ここだ!」子どもたちは二十人近くおしあいへしあいしながら頭をつっこみ、くい入るように文字を追っていました。
 原因は、それと知らずに農薬のついた葉をあげてしまったか、葉のそばで蚊取り線香や殺虫剤を使ったかだと誰かが読み上げると、「どうすれば助かる?」とみんなは先を急がせます。箱を洗浄し、敷きものも葉も変え、一匹ずつ隔離するなどなど書かれていることを確認すると、子どもたちはいっせいに応急手当てに取りかかりました。
 その晩、子どもたちは誰もがみな祥子ちゃんのカイコのことが心配でたまらなかったようです。翌朝、祥子ちゃんが登校するとわっと駆け寄り、「どうだった?」と口々に訪ねました。祥子ちゃんのカイコはどうにか生命の危機をのりこえたのです。その時の教室中に響き渡った拍手と祥子ちゃんの「ありがとう」という声が私は今でも忘れられません。

 この日から『カイコの絵本』はわがクラスの救世主となりました。棚からはたえず借り出され、注意事項や飼育のコツをメモにせっせと写している子もいました。またこの本でカイコの野生種であるクワコの存在を知り、クワコを山に探しに行って、カイコと育て比べをした子もいれば、紹介されている工作、調理や実験に挑戦した子もたくさんいます。
カイコが人間の手によってつくられた家畜であることにも子どもたちは驚いていました。 さて子どもたちはようやくかわいいわが子達をマユにまで育てあげました。が、喜びもつかのま、成虫になる一歩手前で、自らの手でカイコを殺さなくてはならないという現実にぶちあたったのです。つらい気持ちをせいいっぱいこらえて、理科室では一日中かけてマユからの糸取りが行われました。熱湯でゆでられ、マユの中から殺されたカイコが出てくるたびに、子どもたちは声も立てずにそっとティッシュでつくった布団のうえに横たえました。

 すべてが終わり、最後にカイコ達を土にかえした後、子どもたちともう一度『カイコの絵本』を手にしました。人は、大切に慈しみ育てた生物を自らの手で殺さなくては生きていくことのできない動物であること、それゆえにカイコは「おしらさま」と感謝され大切にされてきたことなど、話し合うことができました。
 このようにいのちを育て、失う体験が、私にも子どもたちにもいのちのかけがえのなさを教えてくれた気がします。1週間後、図書館で「そだててあそぼう」の次巻(20巻)を見つけてきた子が言いました。「先生、『ニワトリの絵本』見つけたよ。次はニワトリ飼いたいな。」子どもたちはまっすぐいのちに向かおうとし始めています。

 

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